大阪地方裁判所 平成6年(ワ)4429号 判決 1995年3月22日
反訴原告
梅田清子
反訴被告
阪田威益夫
主文
一 反訴被告は、反訴原告に対し、金五八六万二六四五円及びこれに対する平成四年六月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 反訴原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その二を反訴原告の負担とし、その余を反訴被告の負担とする。
四 この判決は、反訴原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
反訴被告は、反訴原告に対し、金一六六九万九四〇九円及びこれに対する平成四年六月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、追突事故で受傷した被害者が、加害車両運転者兼保有者に対し、自賠法三条に基づき損害賠償請求(一部請求)した事案である。
一 争いのない事実
1 事故の発生
(1) 発生日時 平成四年六月七日午後九時二〇分ころ
(2) 発生場所 奈良県橿原市四条町五四三番地の三先路上
(3) 加害車両 反訴被告(以下「被告」という。)運転の普通乗用自動車(奈五六る四一三八、以下「被告車」という。)
(4) 被害者 訴外梅田いづみ運転の普通乗用自動車(奈五六の一四七、以下「原告車」という。)に同乗中の反訴原告(以下「原告」という。)
(5) 事故態様 原告車に被告車が追突したもの
2 被告の責任
被告は被告車の保有者であるから、自賠法三条に基づき、本件事故による原告の損害につき賠償責任を負う。
3 損害の填補
被告は、原告に対し、八六〇万三四二九円を支払つた。
二 争点
1 原告の受傷程度、入院の必要性、相当治療期間
(1) 原告
原告は、本件事故により、頸挫傷、腰挫傷、頭部・右膝打撲、腰部変形性脊椎症の傷害を受け、平成四年六月一六日から同年八月一日の入院期間を挟み、平成四年六月七日から平成六年五月一〇日まで、通院治療を要した。
(2) 被告
原告の受傷は他覚的所見を伴わない、いわゆる鞭打ち症状であり、既存の変形性頸椎症、変形腰椎症等加齢症が寄与して長期化したもので、平成五年六月ころ症伏が固定したものである。
また、原告は自宅と山の辺病院の距離から通院が困難なため入院しただけで、入院の必要性は疑問である。
2 原告の後遺障害の有無、程度
(1) 原告
原告は、後遺障害として腰の状態が特に悪く、恒常的に痛みがひどい状態が改善されず、また、首の痛みも腰ほどではないが改善されない。他覚的所見として、右大腿部に知覚異常があるほか、MRI検査によつて第五・第六頸椎椎間板、第六・第七頸椎椎間板での圧迫、腰椎の膨隆の異常がある。
(2) 被告
原告の腰痛の症状は受傷後約五か月経過して出現したもので、本件事故と因果関係はなく、経年性のものである。仮に、本件事故により症状出現の時期が早まつたとすれば、公平の見地からその相当部分を損害から控除すべきである。
また、頸部の症状についても同様である。
3 損害額
被告は、原告の損害について争い、仮に、本件事故と原告の損害に相当因果関係があつても、症状、治療期間等いずれについても原告の身体的素因が相当程度寄与していることは明らかであるから、五割程度を減額すべきであると主張する。
第三争点に対する判断
一 原告の受傷内容、入院の必要性、相当治療期間(症状固定時期)
1 証拠(乙二ないし七、八の1ないし4、九、一〇の各1、2、一一、一四一五、一九、証人岡田二朗、原告本人)によれば、以下の事実が認められる。
(1) 本件事故は、夜間、雨天の中、被告が被告車を運転して時速約四〇キロメートルで進行中、先行していた原告車が進路前方約九〇メートル先で信号待ち停止しているのを確認していたのに、考えごとに耽つたため、原告車の後方一一メートルに接近して、ようやく衝突の危険を感じ、急制動の措置を講じたが及ばず、原告車左後部に被告車右前部を追突させた。原告車は、ブレーキから運転者の足が離れたため一三・四メートル進行して停止し、被告車は一〇・一メートル進行して停止した。
なお、被告は酒気帯び運転であつた。
本件事故により、被告車は前部右側凹損、前部パンパー曲損の、原告車は後部左側凹損、左テールランプ破損の損傷を生じた。
(2) 原告車は梅田いづみが運転し、運転席後部に原告、助手席後部に梅田和樹(七歳)が同乗していたが、追突の際、いづみと話そうとして前席の方へ身を乗り出したところであり、追突の衝撃で車内の後方へ打ちつけられて頭を打つた。和樹は寝ていたため何ら受傷しなかつたが、いづみは頸椎挫傷等の傷害を負つた。
(3) 原告は、本件事故直後の午後九時五七分、桜井市の山の辺病院で受診し、手足のしびれはなく、嘔気、後頭部・後頸部の鈍痛を訴えたが、レントゲン検査で異常がなく、頸挫傷、右膝打撲で約二週間の加療を要する見込みと診断された。
(4) 山の辺病院では、受傷部の疼痛に対し、内服・湿布・ポリネツクによる外来治療を同月一五日まで継続したが、頸部痛、頭痛が強くなつて同月一六日入院した。入院中は、後頭神経ブロツク、頸椎牽引、マイクロ、ポリネツクが施行されたが、同月二九日から右肩のしびれ、七月六日に右上肢のしびれも訴え始めた。同年七月三一日には変形性腰椎症、変形性頸椎症の病名が付加され、腰椎ベルトが施行され、同年八月一日に退院するまで四七日入院した。
(5) 入院中の同年六月二五日、山の辺病院から、原告が済生会中和病院の治療を希望しているとの紹介伏がだされたが、同病院からは満床で入院は希望に答えられないが、通院治療であれば、来院されたい旨の回答であつた。
(6) 原告は、山の辺病院から退院後、通院治療を継続し、中国鍼による治療もなされた。平成四年一〇月三一日に、原告は腰痛を訴え、その後も歩行時腰痛があると訴えた。
その後の治療経過をみると、平成五年六月二二日のカルテには訴え不変との記載がなされており、同年七月三日になされたジヤクソン・スパーリング各テストでは異常は認められず、ラセーグテストも異常なかつたが、同年八月一七日には腰痛が増悪し、また、同月一八日には右膝痛も訴えるようになつた。
同年一二月二八日には訴え不変とカルテに記載がなされ、平成六年一月四日の治療から社会保険が使用されるようになつた。さらに、同年三月二九日のカルテには訴え不変と記載されている。
(7) 平成六年二月一四日に平井病院においてなされたMRI検査では、第五・第六、第七・第八頸椎椎間板の偏平化、脊柱管狭小化が認められ、頸椎脊椎分離症、脊柱管狭窄と診断された。また、腰椎部については、第四・第五腰椎椎間板、第五腰椎・第一仙椎椎間板に偏平化と膨隆を認め、変形性腰椎症と診断された。
同年四月二六日の済生会中和病院でのMRI検査でも、第五・第六、第七・第八頸椎椎間板の脊髄圧迫、第四・第五腰椎椎間板、第五腰椎・第一仙椎椎間板の膨隆が認められた。
(8) なお、山の辺病院における実通院日数は、平成四年八月は五日、九月は一〇日であつたが、一〇月から平成五年一二月まではほぼ連日であり、平成六年一月から五月までは一日ないし五日と激減した。
(9) 岡田二朗医師は、平成六年五月一〇日付の後遺障害診断書において、傷病名として「頸挫傷、腰挫傷、右膝打撲、頭部打撲」、自覚症状として「腰痛が強いためミシン仕事ができない。頸痛、両肩痛、寝ていると足がしびれる。めまいがする。目の奥が痛い。右手のしびれ、右下肢のしびれ、頭痛、長時間歩行できない。座位がつらい。階段がつらい。自転車に上手く乗れない。寒いと足底から疼痛が強くなる。膝痛。右大腿の知覚異常、背部痛。頸部は前屈すると疼痛強い。」、他覚症状として「ジヤクソンテスト、スパーリングテストは共に陽性、握力右七キログラム、左八キログラム、ラセーグテストが右六〇度、左八〇度」と診断のうえ、症状は同日固定したとした。
以上の事実が認められる。
2 ところで、前記の本件追突時の原告の姿勢、追突状況によると、原告に与えた衝撃は決して軽いものではないところ、原告の主治医である山の辺病院の岡田二朗医師は、同人の証言によると原告の入院について症状が強くなつてきたため、そのまま帰すことに躊躇を覚え、原告の通院の負担等を考慮して入院適応としたことが認められ、単に通院の便のみを考慮して入院させたものではないものであるから、右によれば、入院の必要性が認められる。
また、相当治療期間であるが、前記事実によれば、外傷により椎間板が突出あるいは突出にいたらずとも脊髄あるいは神経根を圧迫したとすれば、事故後ただちに症状が出現してしかるべきであるにもかかわらず(甲五)、原告の腰痛は遅れて出現したこと、原告には頸椎、腰椎に経年性の変性があつたこと、本件事故前には何ら症状はなかつたことによれば、原告の腰痛等の症状は、頸椎、腰椎が経年性の変性に、本件事故による衝撃で、徐々に症状が出現したと認めるのが相当であり、前記原告の症状と本件事故は因果関係が認められることになるが、その症状の変遷、通院状況からすると、平成五年一二月二八日には症状に変化が認められない状態となつているので、同年一二月末日をもつて症状固定と認めるのが相当である。
二 原告の後遺障害の有無・程度
原告本人尋問によれば、原告は本件事故当時、下請けで縫製業を営んでいたことが認められるところ、前記認定の事実によると、原告には頸部痛、腰痛が残存し、原告が営む縫製業は、振動の強い業務用のミシンが使えず、就労が困難となつたことが認められ、右の原告の後遺障害は、前記のとおりMRI検査で他覚的所見も明らかというべきであるから、局所に頑固な神経症状を残すものとして、その後遺障害等級は一二級一〇号に該当するというべきであるが、原告の職業等に照らすと、その労働能力喪失率は五割とするのが相当である。
三 損害額(以下、各費目の括弧内は原告主張額)
1 治療費(三〇六万九三七二円) 三〇五万三六四二円
前記認定によれば、平成五年一二月末日には症状が固定したものであるから、本件事故と因果関係の認められる治療費は同日分までのものとなるところ、証拠(乙一一、原告本人)によれば、それまでの間、山の辺病院とは別に中川整骨院でも平成四年八月四日から九月二五日まで電気治療を行つたことが認められるが、岡田医師からも電気治療は回数が多い方がよいと指示されていたこと、中川整骨院で施術を受けた間は山の辺病院の通院回数が少なく重複治療ともいえないことによれば、右施術料も認めるのが相当である。
そうすると、平成五年一二月三一日までの治療費については当事者間で争いがないから、三〇五万三六四二円となる。
2 入院雑費(六万一一〇〇円) 六万一一〇〇円
原告が、山の辺病院に四七日入院したことは前記認定のとおりであり、その入院も相当であつたことが認められるところ、一日当たりの入院雑費は一三〇〇円が相当であるから、六万一一〇〇円となる。
3 入通院交通費(二三五万〇四八〇円) 二三五万〇四八〇円
証拠(乙三一、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、山の辺病院への通院は、公共交通機関を利用しようとすれば、原告の自宅から一時間かけて徒歩で近鉄耳成駅まで出なければならないなど困難で、タクシー利用は止むを得なかつたと認められる。確かに、山の辺病院ではなく原告の自宅により近い病院に通院すべきであつたとの被告主張も首肯しえないではないが、当初から受診している病院であり、通院中に被告側から、その旨の指摘はなされず、タクシー会社に被告付保の任意保険から直接タクシー代が支払われていることに照らすと、被告の主張は採用できない。
弁論の全趣旨によれば、前記症状固定までの入通院交通費は、二三五万〇四八〇円であることが認められる。
4 休業損害(四三七万七六五九円) 三六三万五三六〇円
証拠(乙二一ないし二三、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、業務用ミシンを使つて工場の下請けとして縫製業を営み、一日に一〇時間ないし一二時間程度稼働して一か月平均一九万〇三三三円を得ていたこと、業務用ミシンは振動が大きく、原告は本件事故による受傷後取り扱える状態ではなく、また、ほとんど連日通院治療していたため、結局症状固定日まで休業を余儀無くされたというべきである。そうすると休業期間は平成四年六月七日から平成五年一二月三一日までの五七三日となり、前記収入を基礎として休業損害を算定すると、三六三万五三六〇円となる。
190,333÷30×573=3,635,360(小数点以下切捨て、以下同様)
5 入通院慰謝料(二〇〇万円) 一五〇万円
本件事故による原告の傷害の部位、程度、入通院期間、実通院日数、原告の生活状況、本件事故が被告の酒気帯び運転によるものであつたこと等を総合勘案すると慰謝料として一五〇万円が相当である。
6 逸失利益(九三八万〇八二八円) 六七〇万八〇九六円
前記認定事実よると、原告には一二級一〇号の神経症状を主とする後遺障害が残り、業務用ミシンを使用して縫製業を営むことは殆ど困難になつたこと、症状固定時の原告の年齢が六四歳であり、就労先を得ることは困難であること、家事労働は同居の娘がしていることなどの事情を勘案すると、症状固定後なお稼働可能な七年間にわたり、五〇パーセント労働能力を喪失したと認めるのが相当である。症状固定時の前記月額所得一九万〇三三三円を基礎に逸失利益の現価を算定すると、六七〇万八〇九六円となる。
190,333×12×0.5×5.874=6,708,096
7 後遺障害慰謝料(四〇〇万円) 二五〇万円
前記認定の後遺障害の程度、被告の酒気帯び運転などの諸事情によれば、二五〇万円が相当である。
8 小計
以上によれば、原告の本件事故による損害額(弁護士費用を除く)は一九八〇万八六七八円となる。
四 ところで、原告の治療が遷延化し、後遺障害も残存し、結果として損害が拡大したについては、原告の経年性の頸椎、腰椎の変性が相当程度寄与していることは前記のとおりであつて、加害者である被告に損害の全部を負担させるのは公平を失するというべきであるから、民法七二二条二項を類推適用して原告の身体的素因を斟酌し、損害の三割を減額するのが相当である。
そうすると、原告の前記損害額から三割を控除すると一三八六万六〇七四円となり、前記既払金八六〇万三四二九円を控除すると、原告の損害は、五二六万二六四五円となる。
五 弁護士費用(一五〇万円) 六〇万円
本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は六〇万円と認めるのが相当である。
六 まとめ
以上によると、原告の本訴請求は、被告に対し、金五八六万二六四五円及びこれに対する不法行為の日である平成四年六月七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある。
(裁判官 髙野裕)